京都府立医科大学神経内科は、神経内科、老年内科、脳卒中診療科領域の疾患の診療・教育・研究に全力で取り組んでいます。

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ホラは吹いても嘘はつくな
年報 2015年度 巻頭言
京都府立医科大学 神経内科学教室 教授 水野 敏樹

2014年は青色発光ダイオードの発明で3人の日本人研究者がノーベル賞を受賞されたことが大きな話題の一つになりました.その中の一人,中村修カリフォルニア大学教授は異色の受賞者としてご存じの方もおられると思います.徳島の日亜化学という中小企業で青色発光ダイオードの研究をされ,カリフォルニア大学サンタバーバラ校へ転身された経歴が話題になった方です.中村さんは中小企業の中でもこれだけの研究ができることを示すと共に,その研究過程では企業の中で会議にも出席せず自分の研究に365日没頭され,その結果得られた特許権を巡って会社との訴訟合戦になり,莫大な報奨金を得たことは新しい研究者と企業の関係を示すエピソードとしてマスコミでも注目された話題でした.この日亜化学という企業は,小川信雄さんという方が創業者で,純度の高い燐酸カルシウムの精製から,蛍光灯の原材料の精製,そこから蛍光体の売り上げ日本一とし,世界的な企業へ育てられました.私の父が松下電子工業の研究所にいた関係で小川さんと親しく,子供の頃よりその人柄については聞いていました.中村さんの受賞を期に小川さんのことを思い出し,父の書棚にあった “小川信雄かく語りき”をこのお正月手にしました.中村さんはノーベル賞受賞前後のインタビューでも自分を育ててくれたのは小川さんだったと話されていましたが,その本にも寄稿されており,“日亜時代を顧みて”という中で徳島大学大学院を卒業し家庭の事情で地元阿南市で就職することになり日亜化学に入社したが,もしその時に就職が決まりかけていた大手企業に就職していたら,果たして現在の自分があったかどうかと書いておられます.ではこの日亜化学を創られた小川信雄さんとはどのような方だったか.いくつかの語録が書かれています.「知識より知恵,教科書に書いてあることは誰でもできる,誰も真似のできない事をやれ」「ホラの一つや二つ吹けんようでは男じゃない」「今に世界一の蛍光体材料をつくる,世界一を目指す」.そして私自身父から聞いたのは,「ホラを吹いても嘘をつくな」という言葉です.「わしは十の夢を語れば,必ず一つはものにする.一つもものにならなければそれは嘘つきだが,わしは一つは成し遂げる.だがらわしはホラ吹きだが嘘つきではない」社員だった山田さんが書かれるには「会長のホラとは大きい目標と高い志を抱き,その目標に向かって知恵と知識と汗を流し努力することで,それがホラではない成果をつくることになる」.一流の企業となった日亜化学,中村修博士のノーベル賞受賞によって,これらの小川さんの言葉通り,いかに夢と志が大事であるか,そして小さな徳島の田舎街からでも夢を成し遂げることが可能であるかを示してくれています.

 そこで私のホラです.団塊の世代が後期高齢者となる2025年,日本は今後この国が成り立ちうるかどうかの危機と直面します.私達神経内科医はその時期に最も増加するであろう脳卒中と認知症という大きな問題に対応しなければなりません.しかし1990年に設立された脳血管系老化研究センターはその解決のための人材を既に育成して頂いています.私はこの仲間がいればこの難題も必ず克服できると信じています.日本に続いて高齢化が押し寄せるアジア諸国,欧米諸国に対して,高齢化問題を解決する京都モデルとして私達の仕事を発信していきましょう.

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